

群ようこ氏絶賛!『ケチじょうず 美的倹約暮らし』がさらにパワーアップして帰ってきた! 地球にやさしく、お財布にもやさしい 「ケチカロジー」生活のススメ。 【生活のムダ、どこまで省けますか?】 ◎野菜や果物は、皮も種も食べて、生ゴミはごく少量に。 ◎ティッシュやコットンは買わない・使わない。 ◎チューブは分解しながら、最後の最後まで使い切る。 ◎具材を足しながら食べ続ける「永遠の一鍋」料理。 「ケチじょうず」とは、 できるだけムダを省いて物質から自由になり、 その代わり、心を満足させるように工夫を重ね、 豊かな気持ちで日々を暮らすこと。

消えた球団シリーズ第3弾! 本当にプロ野球史上最弱球団だったのか [高橋さんのポケットマネーで設立された] 「まぼろしの球団」の真実に迫る! 300勝投手のスタルヒンや 佐々木信也も活躍したが、とてつもなく弱い、 そして3年で消えた不思議な球団! この球団は不思議な球団だった。 とてつもなく弱い、プロ野球史上“最弱”球団だったーーー。 プロ野球(職業野球)リーグ戦が始まって18年目の昭和29年。 セ・リーグは巨人から中日が覇権を奪い、 パ・リーグでは西鉄が南海からの覇権を奪い、新時代を迎えた。 そのシーズンが始まる前に、パ・リーグは8球団制にするために、 企業ではない、ある一個人がオーナーで創設した球団が誕生した。 その名は高橋ユニオンズーー当時のプロ野球の魑魅魍魎の荒波に揉まれ、 わずか3年で「大映スターズ(現:千葉ロッテマリーンズ)」に 吸収合併されて消えた「幻の球団」の真実。 ‐ ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 高橋ユニオンズ(トンボユニオンズ)は、日本のプロ野球史上で極めて特異な存在だ。 まず、高橋龍太郎という個人のポケットマネーで作られていたこと。 高橋は「ビール王」と言われたが、どんな資産家でも自己資金だけで 金食い虫であるプロ野球を運営するのは至難の業だ。道楽もここに極まれり、ということになろう。 次に、このチームはパ・リーグだけの意志で作られたこと。 セ・リーグは関東地区にパの球団が増えることは、フランチャイズを侵害すると警戒し、 二軍の新リーグを創設して対抗しようとした。結果的にそれは取り越し苦労で、 高橋の本拠地、川崎球場は閑古鳥が鳴き、観客の実数が200以下という日さえあった。 そしてパ・リーグもそれほど高橋の誕生を喜んではいなかった。 8球団でないと試合が組みにくいという事情で球団が誕生したが、 多くの球団が選手の供出を惜しんだために“ロートルと酒飲みの集団”とさえ言われた。 “祝福されない子”であった高橋は誕生した瞬間から「存続の危機」に見舞われながら 3シーズンを精一杯生き抜いたのだ。

~いままで黙っていた「家族」のこと~ 21年前の朝、目が覚めたらぼくは「殺人犯」の息子になっていたーー いじめ、差別、婚約破棄・・・・・・ 迷い、苦しみながら、それでも強く生きていく。 「生きづらさを感じている人にこそ読んでほしい・・・・・・」 和歌山カレー事件、林眞須美死刑囚の長男が初めて明かす「罪と罰」、 そして「生きること」の本当の意味。 ぼくは床に倒れたまま、前の晩、母と交わした会話を思い出していた。 「明日の運動会、大丈夫だよね?」 「大丈夫や。超豪華弁当をつくっちゃるから、頑張れよ」 母はそう言うと、親指を立てて笑った。 なぜそんなことを尋ねたかといえば、子ども心になんとなく胸騒ぎがしたからだ。 「大丈夫や」と笑った母は、朝起きるといなくなっていた。 以来21年間、ぼくは一度も母に触れることができないでいるーー「プロローグより」

ネーミングライツの先駆け! 個性派球団興亡史<<消えた球団シリーズ第2弾!>> セ・リーグ初代覇者の名は日本初のネーミングライツビジネスだった! 和製ディマジオ小鶴誠、神主打法岩本義行、 金山次郎らが並ぶ水爆打線がここに復活する! ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ セ・リーグ初代王者「松竹ロビンス」は戦前・戦中・戦後、 プロ野球創成期からの老舗球団。 1950年セ・リーグ初代覇者となりながら、 1953年に旧・大洋ホエールズと合併、すでに存在しない。 名物オーナー田村駒治郎、和製ディマジオ小鶴誠、 神主打法岩本義行、金山次郎らが並ぶ水爆打線、 1リーグ時代の最多連敗記録16連敗、 毎日オリオンズと対戦した初の日本シリーズ、そして映画産業と野球。 17年間の球団の軌跡をたどりながら、エピソード豊かな球団の真実に迫る。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

松竹ロビンスを破り、2リーグ制初の日本一に! 戦後まもないプロ野球に流星のように消えた8年間の記憶 ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 昭和25(1950)年、 セ・パ両リーグ分裂の大きなきっかけとなった毎日新聞社のプロ野球への参画。 読売新聞社のジャイアンツに対抗するべく、 毎日オリオンズを中心にパ・リーグが結成された。 この年、阪神(当時大阪)タイガースや国民リーグから有力選手が加わり、 松竹ロビンスを破り、2リーグ制初の日本一に。 昭和33(1958)年に大映ユニオンズを吸収合併、 毎日大映オリオンズ(大毎オリオンズ)となるまで、 戦後まもないプロ野球に 流星のような軌跡を描いて消えた毎日オリオンズの8年間。 ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-