『水源』『肩をすくめるアトラス』『利己主義という気概』に続く、アイン・ランドの翻訳書第4弾。 本書『われら生きるもの』は、1926年にソ連からアメリカに亡命したアイン・ランドが、1936年に出版した小説である。革命期の混乱がまだ続いている1920年代のペトログラード(現サンクト・ペテルブルク)を舞台に、革命軍が樹立したソヴィエト政府による息の詰まるような全体主義体制の下に滅んでいく若者たちを描く。主な登場人物は、革命後に財産を没収されたブルジョワの娘キラと、元貴族の息子レオと、労働者の子どもに生まれて革命の大義を信じて党員となっているGPUのメンバーであるアンドレイ。物語は、この3人の出会いと葛藤と愛憎と別離によって展開されていく。社会主義国家ソ連の惨憺たる内実、革命という大義とは裏腹の党幹部の腐敗、社会主義の全体主義国家につぶされていく個人の無残さを克明に描き、それでもなお果敢に抵抗する主人公キラの毅然とした生きざまを描いている。本書は、共産主義、全体主義を批判する政治小説としての面と、過酷な状況下でのヒロインをめぐる恋愛小説の側面も持ち合わせている。 ? ロシア革命の動乱のなかで、少女は理想社会の欺瞞を予感していた。「個人は国家のために生きるべきだ」と説く“真理”の使徒たちに、彼女は問う。 私たちの人生は、国家よりも神聖なのではないか?筋金入りの自由原理主義者が誕生する瞬間に、私たちは本書で立ち会うだろう。 ――橘玲氏(作家)激賞
◆政治家志願のドタバタ顛末記◆ 参院選出馬未遂の男が語る選挙の真実 数年に一度必ずやってくるのが「選挙の季節」である。 その季節に 色めきたったのが僕だった。 現在、この国の国会議員から 地方の 県市町村会議員まですべてひっくるめると 約二七万人もの政治家が いるが、 僕もそれを目指した一人ということになる。 ベンチャー企業を 経営していた 齢四十歳の僕は国政選挙への出馬を決意。 さまざまな紆余曲折を経て、結局は挫折を味わされるとともに、 思わぬ経験を積むことにもなった。 選挙に出るということはいったい どういうことなのか。 自分の周りにどういう化学変化を起こすのか。 悲喜交々の末に、本当にさまざまなことが 見えてきた。 それらの出来事を包み隠さず伝えることにしよう。 本書には、日本の政治状況に黙っていられなくなった 僕の思いが込められている。 アパグループ 代表 元谷外志雄氏推薦
実践的「顧客ポートフォリオ・マネジメント」理論の教科書 社長が知らない秘密の仕組み 実践応用編 いまでは押しも押されもせぬ優良企業となった「やずや」の窮地を救った「顧客ポートフォリオ理論」。 これは、顧客を「初回客」「よちよち客」「コツコツ客」「流行客」「優良客」「離脱客」に分類することで、それぞれに対する販促戦略を導きだし、業績アップにつなげるノウハウです。業種に関係なく使うことができる、この「顧客ポートフォリオ理論」をわかりやすく解説したのが前著『社長が知らない秘密の仕組み』でした。 本書パート2では、より具体的に各業種に合わせた「顧客ポートフォリオ術」を公開。 実践、応用のための理論にもくわしく言及しています。本書に掲載した情報は、日本の中小企業経営者、ならびにマネージャークラスのビジネスマンにとって、不況下のバイブルと言っても過言ではありません。業種に関係なく使える、まさに魔法の一冊。 オールカラー、豊富なデータが満載。
近年のメディアは、社会現象をわかりやすい善/悪二元論で包摂し、勧善懲悪的な物語を垂れ流し続けている。 森達也氏はそのことの危険性を早期から訴え続けてきた論者だ。同時に、同氏はそのわかりやすい勧善懲悪的物語を欲しているのは、実は他ならぬ民意=現代のリヴァイアサンである、という極めて重要な指摘も成している。 民意がある種の思考停止状態の中、「かわりやすさ」の方へますます急角度で傾斜していきつつある今、その指摘の持つ意味は大きい。 一方、メディアそのものの思考停止を厳しく批判し続けてきたのが上杉隆氏。 記者クラブ制に守られ、権力の大本営発表を無批判に報道し続ける現在のメディアのあり方は、いうまでもなく思考停止のへたれ以外の何者でもない。 わが国メディアは、メディアがその本来性において果たすべき役割を完全に放棄してしまったかのようだ。 情報の送り手も受け手も思考停止状態――この滑稽かつ悲惨な状況から、われわれはいかにして抜け出すべきか。メディアが情報伝達の過程でさまざまな視点を提供し、見る側はそこから自分なりの価値判断を築いていく、そんな理想的なメディア環境を実現するためには、今、何が必要なのか徹底討論。